神渡良平さん神渡 良平(かみわたり りょうへい)神渡良平のホームページ http://www008.upp.so-net.ne.jp/kami/ 1984年、鹿児島県生まれ。九州大学医学部中退後、新聞記者、雑誌記者を経て独立。38歳のとき脳梗塞で倒れ、一時は半身不随になったが、必死のリハビリで再起。この闘病生活中に「人生はたった一回しかないこと、またどんな人にもなすべき使命があってこの地上に送られていること」を痛感する。そして、かけがえのない人生を取りこぼさないためには、自分の経験の範囲内で考えることではなく、先人たちがつかんだ人生の知恵を活用すべきことに気づく。こうして闘病中に起草した「安岡正篤の世界」がベストセラーに。日本文藝家協会会員。 『下坐に生きる』 ★★★★★ 神渡良平 致知出版社 ・坐という文字は土の上に二人の人が並んでいる、上下でなく対等にならんでいるそこが実にいい ・「誰かの役に立って、ありがとうと言われたら、うれしいと思うだろ。あれだよ、あれ。誰かのお役に立てたとき、人はうれしいんだ。」 ・有名無力 無名有力 ・人間は感応体である、それを発見するために瞑想するのだ ・下手な考え休むに似たり ・ローソクの火は点けられて初めて光を放つ 同様に人間もまた志をたてて初めて真価が現れる ・自分は天の入れ物であり、天を代表するものだ ・子々孫々まで栄える人は、富を授かっても独り占めすることなく、お蔭様でとみんなに分け与えることを知っている ・人の生命は、宇宙の創造を司る宇宙霊と一体である ・天知る 地知る 我知る 子知る ・志は高く 身は低く 『私を変えたあの言葉』 ★★★★☆ 神渡良平 日経BP社 ・喜神を含む ・最初からプロはいない ・人間のレベルは志で決まる ・一業に徹す ・主題(テーマ)ある人生 ・夢は必ず実現する、念じ続け、行動することだ ・ハイッ喜んで! ・己を欺かず、これを天に事(つか)えるという ・人間において、不完全性の自覚から滲み出る謙虚さほど大事なものはない ・無一物中 無尽蔵 ・清浄十訓 一.清浄は肉眼で見ることのできる真理の相である 二.清浄は清掃する人と見る人の心を共に清浄にするものである 三.清掃は浄穢を超えて人の心の執着を払うものである 四.清掃は思考を現実から遊離させないために欠くことのできぬ勤労である 五.清掃は誰もが平等で、対象に没頭できる機会であり場である 六.清掃は誰にでもできるが、また誰にでもできない勤めである 七.清掃は工夫、創造の能力が身につく勤めである 八.清掃は密かに、謙虚に、かつ慎重にしなければならぬ勤めである 九.清掃は骨身を惜しまず進んですることが、何よりも大切な勤めである 十.清掃はすべてのものの生命尊重と、報恩のための大事な勤めである ・一生懸命やるだけなら誰でもできる、その上にもう一歩、自分なりの工夫をし努力を重ねたとき、壁が破れ展望が開けてくる ・人間、上にいくほど器量だな ・詰まるところは自分だ、頼りになる自分自身をつくりあげる以外にない ・やってみもせんで! ・真の喜びは人間に奉仕した量と質に比例する ・自灯明 ・眠れないのは経営者の勲章だ 『中村天風の言葉』 ★★★★☆ 神渡良平 致知出版社 ・言葉は他者への意思伝達の道具であると同時に、自分の潜在意識に影響する。 ・言葉はバイブレーションだ。宇宙もバイブレーションだ。言葉こそは神の天地創造の源になったパワーを秘めている。人間は感応体なのだ。 ・消極的な言葉をつかわないようにするには、不平不満を口にしないこと。 ・沈思黙考 ・自分の中には人と比べることのできない絶対的な価値がある。「挑む相手を自分の中に見つけたとき」天の申し子として、かぎりなく成長していく道が開ける。 ・相手を思い通りにしようと思うのは、まだ自分を愛しきれていないからだ。人を愛するとはお互いを認め合うことであり、寄り添い、お互いを認め合うなかで、自分も変わっていく。 ・うまくいかない時でも「運が悪いなあ」と思わないで「何か心構えなり、方法なりに間違えのあったのを、こういう結果になって、天が教えてくれているんだなあ。ああ、ありがたいことだ」と考えなさい。 ・宇宙霊の創造作用と人間の思考作用とは決して別々のものではなく、むしろ本質的に一つのものである。 ・読書尚友 ・三界は只心なり ・いのちの本質は他のいにちを活かすためにある。 ・正とは、(一)度立ち(止)まる。 ・人は人の中で輝き、人となる。 ・そもそも人間が志を立てるということは、いわばローソクに火を点ずるようなものです。 ・「世の中には特別なことは一つもありません。平凡なことばかりです。この平凡なものに真剣に取り組むことで、それは平凡ではなくなっていきます。平凡なことになってしまうのは、雑に扱ってしまう自分の姿勢にあるのです」 ・人生の主人公 青い鳥は他所にいるのではない。自分の中にいるのだ。 ・“自分の人生に立ち向かう覚悟”ほど大切なものはない。ライフル銃はいかに銃弾を装填しようと、引き金を引かなければ、弾は発射しない。その引き金にあたるのが、人生に向かう覚悟なのだ。 ・一攫一条痕 ・ワレイマダモッケイタリエズ ・商人として / あなたの姿の中に / 前垂れをかけた / 御仏を見たい 『佐藤一斎「言志四録」を読む』 ★★★★☆ 神渡良平 致知出版社 ・寸鉄、人を刺す ・志というものは、充実した虚無的自覚に立つものでなければ、本物とはいえない。 ・「不怨天不咎人矣」 天を怨まず、人を咎めず ・至誠とは結局、自分自身をごまかさないことである。 ・対面五百生 ・克己の工夫は一呼吸の間にある。 ・「水五訓」 一、自ら活動して、他を動かしむるは、水なり。 二、つねに己の進路を求めてやまざるは、水なり。 三、障害に遇って、激しくその勢力を百倍し得るは、水なり。 四、自らは潔うして他の汚濁を洗い、清濁合わせ容るる量あるは、水なり。 五、洋々として大海を満たし、発しては霧となり、雨雪と変じ、霰と化す。凍っては玲瓏たる鏡となり、しかもその性を失わざるは、水なり。 ・敬忠 寛厚 信義 公平 廉清 謙抑 ・識量は知識と自ずから別なり。知識は外にありて、識量は内にあり。 ・高望みをせず、まず足下のことから始め、自分の責任分担で、一隅を照らそうと努力することが大切。 ・「自分を拝む。その自分は無限の可能性を持っており、素晴らしい創造力、かけがえのない霊性を持っておる。このように尊い自分である」感謝報恩行はそこから始まる。 ・「一見、逆説のように聞こえますが、むしろ自分を意識しないときに個性は現れるのではないでしょうか。自己の主張を強く押し出すといいますが、果たしてそれが本当に自分を意識しているか、疑問に思うこともあります。個性は自分が認識しているものではないところに現れているように思います」 ・国家の全運命を自分独自の持ち場のハンドルを通して動かさずんばやまぬという一大決心 ・実践こそが大事 「本末転倒して本の虫になるな」 ・つまらぬ本を百冊読むよりは、一冊のすぐれた本を読め。百冊の本を読むよりは、百人の人間に会え。 ・自分が必要な人材であるという自信ほど、その人にとって有益なことはない。 『人生二度なし 森信三の世界』 ★★★★☆ 神渡良平 佼成出版社 ・真理は、現実の唯中にあり。 真理は、感動によって授受される。 真理は、師を通して立体的に学び得る。 真理の実証には、必ずや恩寵的試練あり。 真理の体認は、日常行の持続実践による。 ・「今日のこの一日で自分のいのちが終わるとしたら、生涯の最後の日に何をしたいと思うか。あと幾ばくもしないうちに息が絶えるとすれば、どうしてもやっておかなければならないことは何か。そのくらいの凄まじい覚悟でこの人生を生きなければなりません。このことを念頭において真剣な努力をするとき、初めて本物の生き方ができるのです」 ・腰骨を立てる。姿勢がピシッとしていると、心もそれに影響されて、ピシッとなる。 ・仕事が雑務と見えるのは、自分の心の姿勢が粗雑だからだ。 ・現代人の最大の病弊は、群れることだ。 ・人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に・・・」 ・それが先に気付いた者が背負わなければならない十字架なのだ。強制してはいけない。待つのだ。じっと待つのだ。 ・呼吸はいのちの象徴です。 ・人間の精神力というものは、書物と取り組む力によって鍛えられます。同時に人間のたしなみというものは、言葉を慎むところから始まるものです。 ・一切の悩みは比較より生じる。人は比較を絶した世界へ躍入するとき、はじめて真に卓立し、いわゆる天上天下唯我独尊の境地に立つ。 ・「五十にして天命を知る」というが、知という限り、まだ観念的なものが残っている。それゆえ「六十にして耳順う」の境に到ってはじめて真理の肉体化が始まるといえる。 ・救いとは、自分のようなものでも、なおここにこの世の生が許されているという謝念である。 ・九十九人が川の向こう岸で騒いでいようとも、自分一人はスタスタと、わが志したこちら側の川岸を、わき目もふらず歩いてゆくほどの覚悟がなければならない。 ・真に心深き人とは、自己に縁ある人の苦悩に対して深く共感し、心の底に「大悲」の涙をたたえつつ、人知れずそれを噛み締め味わっている底の人であろう。 ・祖先の血は即今この吾において生きつつある。この理がわかったとき、人は初めて人生の意義がわかりかけたといえるし、同時に、天地の実相の一端に触れたといえよう。 ・職業とは、人間各自がその生を支えると共に、この地上に生を享けたことの意義を実現するために不可避の道である。されば職業即天職観に、人々はもっと徹すべきだろう。 ・婆子焼庵の公案 ・念々死を覚悟して、初めて真の生となる。 ・礼を正し、場を清め、時を守る。 『春風を斬る 小説・山岡鉄舟』 ★★★★☆ 神渡良平 PHP研究所 ・「毛を吹かるるも、曾ち動かされず」 ・「私はただのお手本を書き与えたのではありません。禊をし、心身を清めて、一巻を書き写しました。師がそのようにして書いたものであるにもかかわらず、あなたさまはそれをただのお手本として扱っておられるようにお見受けしました」 ・誠 「富貴も淫する能わず。貧賤も移す能わず。威武も屈する能わず。此れを之れ大丈夫と謂う」 ・「鉄よ、母はお前に申し訳ない。良きお手本にもなれない母を赦しておくれ」目に大粒の涙が浮かび、つ、つーっと頬を伝った。「忠孝の道は遠大にして、そなたに申し聞かせることはたやすいことではなく、また理解がいかぬかもしれませぬ。しかし、ただ今よりこの心をもって修行に入念すれば、他日了解するに至りましょう。この課題をゆめゆめ忘れないでおくれ」 ・人は親の死によって世間に投げ出され、荒波に揉まれ、稚気を去って行く。 天の賭け、天の慮り ・「人の短を道う無かれ、己れの長を説く無かれ」 ・「人に施して慎んで念とする勿れ。施しを受けて慎んで忘るる勿れ」 ・明鏡止水 ・師と友 ・無一物中無尽蔵 ・「随所に主と作れば、立処皆真なり」 ・「晦に処る者は能く顕を見、顕に処る者は晦を見ず」 ・「命も要らず、名も要らず、官位も金も要らぬ人は始末に困るものです。しかし、この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られもはん」 ・見えようと見えまいと関係ない。要は自分の気がすむかどうかなのである。 ・「この秋は雨か嵐か知らねども 今日の務めの田草取るなり」 ・求道心 ・「道中の工夫は、静中に勝ること百千万億倍すと」 ・「天を相手にして、人を咎めず。ただ己れの誠の足らざるを尋ぬべし」 ・「眼光輝きを放たざれば、大丈夫に非ず」 ・「晴れてよし曇りてもよし不二の山 元の姿は変はらさりけり」 ・「坐禅は禅寺に行ってやるばかりが禅なのではない。坐禅で摑んだものが剣に生かされ、書で表現され、料理に盛られてこそ、生きた禅なのだ」 ・「大悟すると、ごく普通の世界に回帰するんですかねえ。禅師の中には俺は悟っているのだぞと言わんばかりに、いかにもいかめしい顔をしているのがいますが、ありゃ偽物ですな」 ・「人間は生まれ育つ過程では大変良心のお世話になる。しかし、ものごころ付いて、人生の意味を問い始め、私はこの人生で何をしたらいいのかと思い悩むようになったとき、もはや両親では満足できなくなる。“肉体の親”を超えて“魂の親”を渇仰し始めたといえる。人間は自分の疑問に答えてくれる人を訪ねて、何千里でも旅をする。自分が生きている時代に師を得ることができなかったら、時を超え、先人が書き残した書物を読み、それらの人々に対峙し、直接学ぶようになる。読書ということはそういうことだ」 |